この企画の中で、一番の重みのある部分かもしれない。。
カレーに肉を入れるか、入れないか?
入れるとしたら、それは自分たちで生きている命を絞めていかなければいけないから。。
やっとできた大人ミーティング
少し戻って、令和4年1月24日
ずっと、話そう話そう言っていた「鳥のこと、鳥絞めのこと」の話し合いがやっとできた!夜のオンライン大人ミーティングで。
しかし、その時は、やっとみんなの予定を合わせられたねー!となったにも関わらず、Kちゃんは高熱を出し寝込んでしまっていた。そのため、Kちゃん家族代表としてWちゃんが代わりにミーティングに参加することになった。
そんなミーティングの議題は、
鳥絞めのこと
当日のカレーの作り方について
鳥絞めのこと
チーム鳥のリーダーはきーちゃんになっていたが、
私は、ずっと、この「鳥絞め」がどうなっていくのか、あんまりイメージをもてていなかった。
最初にKちゃんとこの企画のだいたいの構想を決めていったとき、2~3回鳥絞めを経験しているKちゃん親子のきーちゃんが適役かもしれないね。となって、Kちゃんときーちゃんでいろいろと話をしながら「鳥絞め」のことを考えていっていた。
Kちゃんは交友関係が広いから、鳥を譲ってくれそうな人も数人候補が出てきて、絞めるなら少しの間でも飼う経験もしていかないと。そのためには鳥小屋も必要だね、どうしようか。
そんな感じで話が進んでいっていた。
それはそれで、きーちゃんがいろいろと感じ考えていっている姿、それをサポートしていくKちゃんのつながりの広さ等を感じられていた私。
でもちょっと気になっていったのは、他の親子さんがそれを遠目に見ている感じだったこと。
結局、このカレー部の中ではそれぞれの親子の経験値の違いが大きかったんだよね。
Kちゃん親子はほんとに経験豊富。鳥絞めも1回目はそういうことに参加してみるだったらしいけど、2回目からは自分たちが主となってやっている。だから、それをやろう!となった時に向き合う部分の軸がある。
我が家は、一度、そういったイベントに参加したことがあったくらい。
我が家の鳥絞め体験談
この企画のモデルとしている「カレーライスを一から作る」の映画をとー君と一緒にみたのが、私がそういうことに意識を向け始めた最初だったと思う。
そのあと、学校に行っていたかなちゃんに、今日こんな映画を観てきたんだよ。と話していくと、かなちゃんも興味をもち始めている様子だった。
そんな中、地域の有機農家:関塚農場さんが「命の課外授業」として鳥を絞めて裁いて食べる、というイベントを企画していて、かなちゃんから「行きたい!」と話が出たんだ。
私はまだまだそういうことに直面していくことが怖かったんだけど、かなちゃんに勇気をもらってそこに参加していくことを決めた。
そして、家族でそのイベントに参加していったんだ。その時、旦那さんは鳥の首を切る役をやった。子どもたちは、その後の毛をむしったり、肉を解体していくところを大人に混じって真剣にやっていた。
でも他の参加者の子どもたちは、そういった場面を見ることが出来ずに、他のおかず作りの手伝いをしていたり遊んでいたりで、まともに鶏肉の解体の方に混じっていた子どもは我が家の2人だけだった。
事前の意識づけがあったからだろうか。
でも、それはそれでいいんだと思う。子どもも大人もそれぞれで。きっと、この場にいる、それだけでそれぞれに感じ持ち帰っていくものはあるから。
「命をいただいている」に向き合うことって、それだけ長いスパンで自分の内に入っていくものだと思うし、きっとそれぞれのタイミングというものがある。関われたか関われなかったかじゃなくて、見れたか見れなかったかじゃなくて、その場を共有できたこと、きっとそれだけで意味があると思うんだ。
そんなことを感じ得れたイベント参加だった。
それぞれの経験値
そして今回のカレー部での鳥絞め企画。Kちゃん親子と私たち親子以外は「鳥絞め」の経験がない親子さんだった。
「『飼うこともしないで絞めて食べるの?』と知人に言われて、本当にそうだなぁ。と思ったんだよ。」とHちゃん。
んー、でも、飼うと飼うで絞められなくなっちゃうんじゃないかな。と感じた私。
昔の人みたいに家で飼っていた鳥が年をとったから絞めて食べるとか、そういう環境で過ごしていない私たちが、いきなり鳥を飼って、それを絞めて食べようという気持ちになれるのだろうか。。
私たちのような生活をしていると、まずは絞めてみる経験をしてから感じ考えていくのもアリじゃないのかな。。その方が自分の内側に「命をいただいているありがたみ」が入っていくような気もするんだけどなぁ。。そんなふうにも感じていったり、
きーちゃんの飼っているウコッケイを自分たちも預かって飼ってみるのはどう? そうすることで「生き物」だということを体感できるんじゃないかな。鳥を飼うのをみんなで廻してやってみる?なんて話も出て、
それって、鳥さん的には大丈夫なのかな?あっちこっち廻されてストレスにならないのかな?と感じたりもする私。
そして話し合いの中で、「鳥を飼わせてもらってみて、体感していって、それを絞めて食べる経験をして、また体感していってみたら、命をいただくありがたみを子どもは感じていくのかなぁ。」なんて言っていたTちゃん。
そんなに簡単なことじゃない気がするんだけどなぁ。そして、「子ども」が先にきているのが気になるんだよな。「子どもに、」の前に、まずは「自分」がどう感じるかなんじゃないかなぁ。なんても感じていく私。。
そこに旦那さん。「飼ってみるとか、考えてみるとか、そういうことじゃないんだ。しのごの言わずに、まずは鳥の首にナイフを入れてみればいい。自分はそれでわかった気がする。」という意見をくれたよ。
ほんと、そうだよね。
きーちゃんは鳥を飼ってみる経験をしていた
チーム鳥のリーダーのきーちゃん。その後、鳥を4羽(ニワトリ2羽とウコッケイ2羽)いただけることになって、お家で飼い始めていたよ。
でも、ニワトリ2羽はすぐに死んでしまった。残ったウコッケイも1羽はすぐに行方不明となった。(たぶん、トンビかタカのエサになったようだ。と。)
残ったウコッケイ1羽。
そして大変な毎日のお世話。でも、鳥がいることが日常という感覚なんだよ、と話すKちゃん。この大変さをみんなも体感した方がいいと思うんだよね、と、鳥を飼うことをみんなで廻してみる?と声をかけてくれたんだ。
そして私は、きーちゃんはきっと、この鳥を絞めて食べることを選択しないんじゃないかな。と感じていた。「鳥絞めはしない。」という選択をするんじゃないかな、と。
私はこのカレー企画の鳥をどうするかは、きーちゃん自身が決めたらいいと思っていた。
でも、このカレー企画で、「鳥絞めをしない」となると、もともとあった「食のありがたみを体感していく」という趣旨に対して、少しもったいない気もしたんだよね。
今回の「鳥絞め」それは大人にとって必要な経験な気がする!
そして今回、私が一番引っかかっていたのは、「子どもに何を伝えたいか?」という視点の大人たち。
自分自身が「鳥絞め」をした経験がないのに、主語が「子ども」になっているんだよなぁ。
いやいや、まずは「自分」なんじゃないのかな!?
そこで提案してみたんだ。
今回、きーちゃんが「鳥絞めをしない」という選択をする可能性もある。でも、「じゃあ、鳥絞めはなしにしよう。」となるのはもったいない気もするから、今そこにグッと意識が向いているHちゃんとTちゃんとSちゃんで鳥絞めを企画してやってみたらいいんじゃないかな、鳥を探すところから。
Kちゃん不在の中でのミーティングでの話し合い。Kちゃんの代わりに参加していたWちゃんが、「うちも手伝いますよ!だから鳥絞めチームにもはいるよ!」と言ってくれる。
でも、いや、もちろん私も手伝うけど、今回は、経験のない3人が、わからない中でも動いていってみることに意味があるんじゃないかな。きっとこういう機会をもてるタイミングが今なんだと思うし。
だから、鳥絞め企画は3人のチームでやってみたらいいと思うよ。私たちはそこのサポートをしていくよ。と伝えていってみる。
そこに3人の気持ちも重なり、鳥絞め班、Sちゃん、Hちゃん、Tちゃんのチームが出来たんだ。
カレーを作る日は
そして、鳥のことが決まらないとカレーを作る日も決められないね。となり、とりあえず鳥絞め班で動いてみて決めていこう。となったよ。
もう2月になるけど、、私たちが引っ越す前にカレー作りはできるんだろうか。。そんな懸念もありながら、笑、カレー企画は最終的な詰めに入っていった。
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